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2016年07月27日

【後日談】愛宕神社、謎の焼け跡に関する衝撃の真実

どうも!リアルタイム目線が久々な正宗です。

昨日まで書いていた『会津田島探訪記』ですが、その記事の中の一つ『登頂!愛宕山』シリーズに関する、とんでもない真実が明らかになりました。


登頂!愛宕山シリーズの記事内容を簡単に説明しますと『必死こいて登った会津田島の愛宕山の山頂にあるハズだった愛宕神社が、なぜか跡形もなくなっていた』という話の流れとなっています。

神社がなくなっている事を発見した当該記事は『会津田島探訪記 その17 - 登頂!愛宕山 Chapter4』です。

しかも神社が建っていたハズの場所が、なぜか異様に真っ黒な剥き出しの地面になってたんですよ。

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こんな感じで真っ黒。

この真っ黒な地面を見て、その当時の私はこれを『何かが燃えた時に発生する煤ではないか?』と考えました。

では、なぜ神社が建っていたハズの場所が、煤だらけの剥き出しの地面となっているのか?

そう考えた時に真っ先に頭に思い浮かんだのは『タバコが原因の火事か?じゃなきゃイタズラで放火する大馬鹿者がいたのか?』という二通りの可能性でした。

しかし、どちらの可能性も薄い事にすぐ気がつく事になります。

なぜなら、火災が発生したにしては周りの木々や仁王門が全くのノーダメージだったからです。

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煤が広がっている範囲が、綺麗に御社が建っていた場所内に収まってるんですね。

2016-07-22-07.jpg


こんな感じで。

なので、次に私は『これは火事が起きたのではなく、きちんと管理された状態でこの場所で火が焚かれたのではないか?』と考えました。

では、何の為に?

うーん...と、考える事しばし。

ありそうな理由としては、神社の移転かな?

何らかの理由で神社を移転した後、移転後のしきたり・ならわしとして、火を使う儀式が行われた...。

意味合いとしては地鎮祭的な感じの...。

そう考えればなくもない、気がする。

じゃあ何で仁王門はそのまま残ってるのか?

神社を守るための仁王門なのに、門だけ残して移転するのはおかしくないか?

そこまで考えた時、私の思考はデッドエンドを迎えました。

『ダメだ、妥当な答えが見つからない。素直にあきらめよう』

直後に降ってきた雨のため、私は『何が何だか分からないけど、とにかく愛宕神社はなかった』という事実を持って、ただちに下山を決行しました。


その後、織田信長による比叡山の焼き討ち(※当然ですが愛宕神社は無関係です)を引き合いに出したりしながら帰宅後に記事としてまとめたのですが、この記事に対して『愛宕神社は火事で焼失した』というお知らせを数通いただきました。

これが火災時にリアルタイムでツイッターに投稿されたツイートです。







火災の原因は落雷だったそうです。

現場の周りの状況から見て『火災の可能性は薄そうだ』と判断したのですが、私の考えは間違っていたようです。

だとすれば、ピンポイントで神社めがけて落雷があり、それが火災に繋がり、しかも山中なのにも関わらず全く延焼を起こさず鎮火した事になります。


それはそれでビックリなのですが、私が真に驚いたのは、実はそこではありません。


真相を打ち明けます。


上記のツイッターからの引用ツイートの投稿日時を今一度ご確認ください。

投稿日時は2015年の6月15日、午後14:30前後になってますよね?



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神社が焼失した一年後の、ちょうど全く同じ日に偶然ここに来てたんですよ、私。



2016-07-27-02.jpg


この画像は、私がアップロードした画像の、元ファイルのサムネイルをキャプチャーしたものです。

ファイル名が『160615_1647~02.jpg』と書いてあるのは『2016年の6月15日の16時47分中に撮影された2枚目の写真ですよ』という意味になります。

火災の発生が目撃されたのは、ツイート画像を見てもらえば分かる通り、2015年の6月15日の14時30分前後からです。

当たり前ですが、私はこの事を知っていて愛宕山に登った訳ではありません。

私の現住所は会津田島から遠く離れた茨城県ですし、ほんの数ヶ月前まではさらに遠く離れた東京都で暮らしていました。

この神社との接点が私には全く無かったのです。

そもそも私が愛宕山に登ろうと思い立ったのは、他の教習生さん(私は車の免許を取る為、田島ドライビングスクールという自動車教習所にて合宿中でした)から『散歩をしていたら山の麓に城跡みたいなのを見つけた。頂上には神社があるらしい』という話を聞いたので『城跡の見物ついでに山頂の神社まで行ってみて、卒検の合格祈願でもしてみようかな』と考えたからです。

ではなぜ、それがたまたま2016年の6月15日となったのか?


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それは、卒業検定試験が次の日の6月16日だったからです。


検定合格の印が、平成28年(=2016年)6月16日に押されているのが画像で確認出来ると思います。

卒検受験者は朝8時までに教習所の事務所受付前に集合との事だったので、当日の早朝に合格祈願に行くのはさすがに無理があると思い、前日の6月15日に愛宕山に登ったんです。

私なりに、至極合理的に、筋の通った判断のもと愛宕神社へと向かったんです。

それがこのようなシンクロニシティを生むとは当然ながら全くの予想外でした。

ここまで偶然が続くのなら、もしかしたら私が雨の為に神社跡を立ち去った17時前後が、ちょうど火災が鎮火に至った頃だったのかもしれませんね。

考えを飛躍させるなら、この神社に居た神様が、御社が焼け落ちた事によってここに居られなくなったのが、一年前の同じ日のちょうど17時前後だったのではないか、とも思います。

そう考えるならば。

御社にとっては一周忌となるので、元々ここに居た神様的には、誰でも良いから誰かに訪れて欲しかったのか、あるいは私の目を通して御社跡を直接訪ねてみようと思ったのか、はたまた山頂で疲れて動けなくなった私めがけて雷を一発ピンポイントで落とし、あわよくば生贄的にあの世サイドに連れて行く(やめて下さい)つもりだったりしたのかもしれません。

そう言えば、愛宕山に向かって出発した時は快晴だったのに、愛宕神社着いた途端に雨降ってきましたしね...。

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出発直後の空

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山頂の愛宕神社にて突如降り出す雨


...。(マジやめてください)


いや、全ては単なる偶然ですよ?

確かに全ては単なる偶然なのですが、私はそこに神の何らかの意思が働いたのではないか?と思わざるを得ませんでした。

あなたならどう思うでしょうか?

信じるか信じないかはあなた次第! m9(`・ω・́)


会津田島探訪記 その14 - 登頂!愛宕山 Chapter1 はコチラ!!

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自由帳 - サムライEXP posted by 正宗 at 23:53 Thanks Reading!!
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